No.16 海がきこえる、はずだった


脇道映画館 〜わたしのジブリ〜編集者/柏子見

僕がこの作品に出会ったのは、高校2年の夏。
そう、ちょうど主人公の杜崎拓と同じ年だ。
「海がきこえる」は、僕のふるさと、高知を舞台にした青春群像劇で、
ジブリの隠れた名作といわれている。

物語は、杜崎の高校時代の回想から始まる。
東京から転校してきた才色兼備の武藤里加子は、尖った性格が原因でクラスにもなじめない。
ところが杜崎の親友、松野は武藤に一目ぼれ。距離を縮めていく。
そんな中、修学旅行の旅先で杜崎は武藤から初めて声を掛けられる。「杜崎くん、お金貸してくれない?」



このように、ストーリーはとりたてて高校生が見て面白い部類ではない。
ではなぜ高校2年の僕が「海がきこえる」を観たかというと、
物語のモデルとなった高校が僕の母校、追手前高校だったから。
友達がどこからかそのDVD(VHSだったかもしれない)を借りてきて、みんなで鑑賞した覚えがある。

今回、HPのリレーテーマがジブリとのことで、17年ぶりに「海がきこえる」を観直した。
冒頭から、僕のおぼろげな記憶を彩色するように映し出される、
母校の教室や渡り廊下、階段のおどり場、校舎裏の風景。
高校時代の思い出が鮮やかによみがえる。これは期待できそうだ。
しかし、開始2分、杜崎のセリフを聞いた瞬間、僕は唖然としてしまう。

(下手すぎる…)

僕は、声優の芝居の技量を問うているのではない。

(お前、土佐弁きちんと練習してきたか?)

皆さんは、映画やドラマで、自分の地元を舞台にした作品を観た時、
方言の言い回しやイントネーションの微妙な間違いにイラついた経験はないだろうか。
そして、一緒にそのドラマを見ていた県外人は
「え?こういう喋り方じゃないの??」
とこちらの憤りにピンときていない事にさらにイラついた経験は、ないだろうか。

「海がきこえる」の場合、登場人物は東京生まれの武藤を除いて、みな生粋の土佐っ子。
当然、われわれ視聴者はネイティブな土佐弁を要求する。

ところが杜崎も松野も、
瞳孔を開き、
肩肘を張り、
つばきをとばしながらしゃべる、
県外人が妄想する「エセ高知弁」に終始している。

映画のタイトルではないが、
海よりも先に、耳障りで不快な言葉が聞こえてしまったわけだ。

「おまん、知っちょるけぇ?」とか、誰が言うがなそんなん…。

おかげで僕は、聞こえてくるセリフすべてに

(いや、そこは「やき」やお…)
とか
(「ちょる」やなくて「ちゅう」ね…)
とか、

つど副音声を挟むハメになり、
作品の世界観に没入できないまま、上映時間70分を過ぎてしまった。

ひとつハイライトをあげるとすれば、親友松野が、武藤に告白するシーン。
「俺は…武藤のことが好きやき」

もちろん、松野のこの告白にも問題はある。
東京の人間に「スキヤキ」なんて愛情表現は伝わらない。
お食事のことかしらと思われても、仕方ない。

とはいえ、松野は不器用なりに、胸の内は打ち明けた。
対する武藤の返事が、これだ。

「高知もキライだし、高知弁も大っ嫌い!
まるで恋愛の対象にならないし、そんな事言われるとゾッとするわ!!」

高知県民70万人全員を敵に回す暴言だ。

百歩譲って、僕は構わない。
僕は構わないけれど、僕の妻に謝罪してほしい。



全ての責任を、誰がとるべきか。

エンドロールに流れる「方言指導者」の名前を見逃すまいと、
僕はモニタを睨みつけた。

2020年12月2日
弘嶋賢之

公開日/2020年12月02日



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