No.14 ルサンチマン/耳をすませば
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私の世代は、ジブリの黄金期と共に歩んだと言っても過言ではなく、
どの作品の何が好きかで、自分を表現する機会がよくありました。
「ラピュタは本当にあると思ってた」は、不思議ちゃん御用達の純粋アピールでしたし、
「ナウシカは原作が好き」は、あの超難解な漫画を理解できる
賢くて通な人間ですよという、マウンティングのようなものでした。
さて、私が単純に好きなジブリ映画は「紅の豚」です。
何者にも縛られず自由に空を飛ぶ豚は、まさに憧れの男性像でした。
時が経ち、お腹まわりだけはポルコ・ロッソに近づくことができましたが、
そんなジャブ程度の小ネタが私の名刺代わりになるとは思えないので、
少し思うところのある「耳をすませば」について、
自分なりの解説をしてみようと思います。
耳をすませばは、男性的でスケールの大きな紅の豚とは対象的な作品です。
舞台は、現代の日本。主人公は中学生の少女で、学生という制約の中、
悩み恋する思春期をしっかりと描き、夢や自分と向き合うことの大切さを
これでもかというほど若者に説教します。
全体的に描写が細かく、生活感あふれる公団住宅の佇まい、雨の日の学校や
テストの雰囲気、正論ばかりの小うるさい家族など、臨場感の出し方はさすが。
主人公の部屋などは、少女コミック原作の映画とはとても思えない有様です。
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おっさんの仕事場みたいな乙女の自室。ファンシーグッズ?ちょっと何言ってるかわからない
感情移入しやすくするために作り込まれた世界の中で、主人公の恋人役である
イケメンが急接近してきます。イケメンは、ちょっと設定を盛りすぎなほど
多くの魅力を持っているだけでなく、図書室で主人公が読みそうな本を先回りして借り、
図書カードに記入した名前で“俺たち趣味が合うアピール”をする、用意周到なサイコパスです。
彼の視点で作品を見れたなら、とても気分の良い娯楽映画ですが、
イケメンは冒頭、謎が多いキャラのため、彼には感情移入ができません。
したがって男性視聴者は「性別が違う主人公の少女」か「主人公に淡い恋心を抱く
かませ犬役の男子」か、どちらかに自分を投影するという2択を迫られます。
そして後者を選んだ人は、地獄コースで作品を見ることになります。
具体的に何が地獄かというと、かませ犬の視点で物語を追うことによって
「恋愛の二番手は、永遠に一番手にはなれない」という厳しい現実、
人によっては辛い過去を思い出さざるを得ないのです。
耳をすませばは、ひと粒のおはじきでさえ、トラウマ級の怨念を込めて
リアルに描く、高畑勲作品の中枢スタッフが監督をしていますので、
もちろん本作において、かませ犬の失恋のリアルさも徹底しています。
それは「恋愛の敗者は、戦いのテーブルにすらつけない」という、
目を覆いたくなるような事実を突きつけるもので、
少女コミック原作の映画としてはかなり画期的な試みですが、
見せられる方はたまったものではありません。
通常、恋愛作品のかませ犬は、ハイエナ並みの嗅覚で主人公の心の隙を嗅ぎつけ、
慰めるフリをして距離を詰め、考え抜いた殺し文句でワンチャンを狙います。
かませ犬とイケメンが、なぜか立入り可能な学校の屋上で殴り合ってもいいでしょう。
手法は問いませんが、いわゆる「バッチバチの三角関係」が、絶対的なセオリーです。
なぜなら、恋愛作品の醍醐味とは、結局のところ痴情のもつれであり、
かませ犬がいかに深く噛みつき、コンマミリ単位の僅差で負け犬になるかが、
マグロで言えば大トロの部分だからです。
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原作者の代表作「星の瞳のシルエット」におけるかませ犬の、模範的スタンドプレー。
こうかは ばつぐんだ!
しかし本作では、かませ犬とイケメンで、女を取り合う構図が見あたりません。
謎多きイケメンの正体がまだ判明しない序盤に、かませ犬はまったくの無策で
捨て身の告白を決行し、主人公から「お前は一生お友達」の宣告を受けます。
これは脚本の宮崎駿氏の意向により、作品のメインテーマが
「お子様の色恋沙汰」ではないことを、早めに提示したとも考えられますが、
見せられる方はたまったものではありません。
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かませ犬、必死の顔芸。しかし「お友達」の烙印を押された者が、恋人に返り咲くことは決してない
話を戻します。
ということで、一部の視聴者が純情な感情を託した、勢いしか能がないかませ犬は、
甘噛み程度でズタボロに打ちのめされますが、退場はせずにその後も登場し続けます。
そしてイケメンは、中学生の分際でバイオリンを弾くどころか製作し、卒業後は
楽器職人になるべくイタリアへ渡航しようとしている“次世代型王子”であることが判明。
主人公と徐々に関係を深めてゆくさまを、コールドゲームがない野球をいつまでも
やらされているような気分で眺めることになります。
特筆すべきは、イケメンが主人公の教室へやってきて彼女を呼び出し、廊下で話すシーン。
見るからにデリカシーのかけらもないモブが「男の面会だぞ」と大声で伝えたために、
教室が一瞬静まり返ります。その絵面に、フラれたかませ犬もしっかりと写り込んでおり、
まさに「もうやめて!とっくにかませ犬のライフポイントはゼロよ!」状態。
かつて、クラス違いの男女が廊下でイチャイチャしたり、訳のわからない折り方で
コンパクトに畳んだ手紙を交換する様子を横目で見ていた、
暗い青春の記憶が黄泉帰ること請け合いで、最悪です。
そして話は進み、最終的にイケメンは、中学生の分際で日の出をバックにプロポーズします。
主人公もまた、婚約指輪や貯蓄の確認など、ゼクシィ的なプロセスをすっ飛ばして受け入れます。
中学生ごときが勢い余って、好意の最上表現として話が結婚に及ぶさまはとても初々しく、
これからの人生を象徴するようなライジングサンのニクい演出も相まって、
最高に純粋で、最高に輝いていて、最悪です。
かたや長年、恋心をあたためるも、一生お友達。主人公は一応、そのことで
心を痛めて涙しますが、次の日にはすっかり忘れてお歌のセッションに興じます。
かたや後から現れ、スシローのネット予約ばりに、チェックインするや否や
序列の最前に立ち、交際期間ゼロ、儀礼もすべて免除で婚約成立。
恋愛が先着順であるとか、番号札を持ってお待ちくださいなどと言う気は
更々ありませんが、かませ犬とイケメンで、一体全体どうして
ここまで扱いに差が生まれるのでしょうか。
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いたいけな男心を踏みにじった翌日。見よ。この少女、ノリノリである
「若い頃から女にモテてきた男の想像力は犬以下である」
哲学者ニーチェが遺したこの言葉を、私は作中のイケメンに贈りたい。
多くの中学生は当然、キラキラした青春を最短距離で駆け抜けることはなく、
夢はあるもののグズグズと遠回りしたり、大切なものを臆病さや愚かさで
放置してダメにしたり、些細なことで赤っ恥をかいては、日々を浪費します。
私が尊敬する漫画原作者、久住昌之氏の中学生日記という作品には
「一生で一番ダサい季節」という秀逸なキャッチコピーもあります。
しかし、そのような、一見無駄とも思える“伏竜鳳雛の季節”があるからこそ、
後に私たちは、夢を叶えるために猛然と突き進む行動力や決断力、
人を思いやるための想像力の翼を持つことができるのではないでしょうか。
昨今、サッカーや将棋で中学生が活躍する時代になりましたが、やはり例外中の例外。
夢、恋、職、すべてを手中に収めるべく、ひとりイタリアへ飛び立つような
早熟すぎる若者をロールモデルとして描くのは、本作のみならず
ジブリ作品全般にある傾向で、それについては異を唱えたい。
中学生は、あくまでさなぎの時であり、羽ばたく未来に備える時。
主題歌のカントリーロードのように、成長した自分が、帰れないふるさとを
振り返るような時期としては尚早で、いつか恋しくなるような心のふるさとを
今まさにつくらんとする、いわば“必要的モラトリアム期”なのです。
本作品を含めたすべてのジブリ映画は、児童文学の延長線上にあるものと捉え、
その中で描かれるべき青少年たちの姿とは、という視点で意見を述べました。
最後に、結論として耳をすませばについてまとめると
「イケメンのイタリア行き飛行機は墜落してしまえ」
というのが、私の率直な感想です。
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かませ犬が、お友達宣告を受けた舞台のモデル。通称「杉村玉砕神社」
長谷川 雄一
公開日/2020年11月18日